電話は元セックス・ピストルズのグレン・マトロックからのもので、ユーロに彼の新しいバンド、リッチ・キッズのヴォーカリストになってくれないかというものだった。
 リッチ・キッズは元ピストルズのマトロックを中心に、やはりピストルズに在籍していたこともあるギタリストのスティーヴ・ニュー、ニューの友人のドラマー、ラスティー・イーガンで結成されたロック・バンドだ。
 リッチ・キッズはこれまでケヴィン・ローランド(デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ)、ポール・ウェラー(ジャム)、ミック・ジョーンズ(クラッシュ)と、様々なタイプのヴォーカリストとセッションを繰り返してきたが、いずれも長続きせず、マトロックらは新たなヴォーカリストを探していた。
 マトロックは、スリックを知ったときからユーロのヴォーカルがリッチ・キッズには最適だと考え、この電話は彼らのギグにユーロを招待してセッションを行ってみたいというものだった。
 ロンドンの2か所のライヴ・ハウスでセッションは行われた。結果は悪くはなかった。
 しかしユーロは熟考こそしたものの、やはりスリック(PVC 2)を離れる決心はつかなかった。が、断りを入れたのち、ユーロの心は揺れることになる。77年の秋も深まるにつれ、メディアではリッチ・キッズをポスト・パンクの重要バンドとして大きくフィーチュアしはじめており、その注目度はようやくスコットランドのインディー・レーベルからシングルを一枚出すことが決定しただけのPVC 2とは雲泥の差だった。
 さんざん逡巡した上、ついにユーロはリッチ・キッズへの加入を決断する。PVC 2の残りのメンバーらも納得し、彼らは袂を別つことになった(その後、ヒスロップらはゾーンズを結成。ユーロはリッチ・キッズ加入後もゾーンズを折に触れてサポートし、そのファースト・アルバムで謝辞が捧げられることになる)。

 ユーロのリッチ・キッズ正式加入後初のライヴは、77年10月4日にロンドンの100クラブで行われた。また、同年10月31日にはBBCの『ジョン・ピール・セッション』で7曲を演奏。このときの音源はさまざまなバンドのセッションを集めたコンピレーション、『HARD UP HEROES IX』(ブートレグ?)で7曲すべてを聴くことができる。

HARD UP HEROES IX
(BOOT? CD 1999?)

RICH KIDS
YOUNG GIRLS
BULLET PROOF LOVER
BURNING SOUNDS
EMPTY WORDS
HERE COME THE NICE
GHOSTS OF PRINCES IN TOWERS

All songs from John Peel Sessions. 31.Oct.1977

リッチ・キッズは以降、アルバムのレコーディング期間を除き、78年暮れまでの1年間、ツアーで英国中を回る日々を過ごすことになる。
 リッチ・キッズのサウンドは、60年代、70年代のポップなロック・ナンバーをパンクを通過した感覚、アティチュードで再現したもの。パンク版のフェイセズなどとも呼ばれたが、やがてパワー・ポップと呼称されるようになる。

 プロデューサーにミック・ロンソン(元スパイダース・フロム・マーズ)を迎えたリッチ・キッズのレコーディングは77年末から断続的に行われ、78年1月には早くもデビュー・シングル「RICH KIDS/EMPTY WORDS」がリリースされている。赤一色のジャケットにレッド・ヴィニールでリリースされたこのシングルは全英チャートの24位まで上がる中ヒットとなり、リッチ・キッズの幸先は悪くないように見えた。
 しかし、5月にリリースされたセカンド・シングル「MARCHING MEN/HERE COME THE NICE(LIVE)」、8月にリリースされたサード・シングル「GHOSTS OF PRINCES IN TOWERS/ONLY ARSENIC」、さらにはファースト・アルバム『GHOSTS OF PRINCES IN TOWERS』はどれも売り上げは惨敗で、リッチ・キッズの商業的失敗は明らかだった。

 

STRANGE ONE
HUNG ON YOU
GOHSTS OF...
CHEAP EMOTIONS
MARCHING MEN
PUT YOU IN THE PICTURE
YOUNG GIRLS
BULLET PROOF LOVER
RICH KIDS
LOVERS AND FOOLS
BURNING SOUNDS
GOHSTS OF PRINCES IN TOWERS
(LP 1978)

 リッチ・キッズの敗因は、彼らのライヴ・バンドとしての魅力がレコードにそのまま反映されなかったことだろう。ファースト・アルバムの収録曲が、どれもいい曲であるにもかかわらず、どこかよそいきの覇気のない演奏であるのにくらべ、ライヴでのリッチ・キッズはエネルギーにあふれている。また、98年にリリースされたリッチ・キッズのデモ・テイク集『BURNING SOUND』に収められたファースト収録曲のデモを聴くと、やはりファースト・アルバムでの録音が彼らの勢いを削いでいるようにしか聴こえない。そうなった理由は、はたしてメンバーの意向なのか、あるいはプロデューサーのロンソンの意向なのか、それとも別の要因があるのかは定かではないが、リッチ・キッズの本当の魅力がレコードから伝わってこないのは確かだ。


GHOSTS OF ...
RICH KIDS
NO LIP
THE MOVE
EMPTY WORDS
STRANGE ONE
BULLET PROOF LOVER
BURNING SOUNDS
HUNG ON YOU
SHAPE OF THINGS TO COME
(LIVE)
CHEAP EMOTIONS(LIVE)
KING
PRECIOUS
JUST LIKE LAZARUS
AMBITION
TWISTED
FOREVER AND EVER
12 MILES HIGH
POINT IT TO YOUR HEAD
SILENCE
BURNING SOUNDS
(CD 1998)

 また、78年の後半になると、本来ストレートなロック・ナンバーを演奏することを旨としていたリッチ・キッズに変化が生じてきていた。前述の『BURNING SOUND』の後半には、78年にセカンド・アルバムのために録音されたデモ・テイク10曲が収録されているのだが、そのうちマトロック作のデモがホーンなどを導入したよりポップなものとなっているのに対し、ニューのデモはユーロの弾くシンセサイザーを導入したニューウェイヴ、エレクトリック・ポップ志向のものとなっている。この『BURNING SOUND』はマトロックとニューの監修によって作られたCDで、ユーロやイーガンのデモ作品は収録されていないが、彼らのその後を考えればマトロックを除く3人がニューウェイヴ路線を目指したことは明らかである(実際、この頃ユーロはインタビューで「リッチ・キッズのセカンド・アルバムはコニー・プランクにプロデュースしてほしい」と語っている)。また、作曲クレジットこそされていないものの、シンセサイザーを加えた曲のタッチはその後のヴィサージやウルトラヴォックスにきわめて近いことから、これらの曲のアレンジにはユーロが大きく関わっている可能性が濃厚だ。

 

Reading University set list

RICH KIDS
BURNING SOUNDS
HOLY HOLY
12 MILES HIGH
FOREVER AND EVER
MARCHING MEN
LOVERS AND FOOLS
STRANGE ONE
EMPTY WORDS
GHOSTS OF PRINCES IN TOWERS

 78年10月18日にレディング・ユニヴァーシティで行われたリッチ・キッズのライヴが映像として残っている。別表のようなセット・リストでのライヴだが、ボウイのカヴァー「HOLY HOLY」からユーロはキーボードに回り、『BURNING SOUND』にデモが収録されているニューによるエレクトロニク・ポップ「12 MILES HIGH」「FOREVER AND EVER」も演奏されているのだが、この時期のバンド内の人間関係や主導権争いが透けて見えるギクシャクしたステージでもある。序盤がマトロック単独作の曲、ボウイの曲と新曲2曲がユーロとニューの(ほぼ)共作、ついでユーロ単独、終盤がマトロックとニューの共作曲といったぐあいに、ライヴの構成が作曲者ごとに分断されている。
 結果的にこの人間関係の修復がなされないまま、リッチ・キッズは78年12月2日のウェンブリー・アリーナ公演を最後に解散する。このときすでにユーロとイーガンは後にヴィサージへと発展するプロジェクトを開始していた。