TIGER LILY
そもそもの始まりは、タイガー・リリィというどこにでもいるアマチュア・バンドだった。時は1974年、場所はロンドン。
デニス・レイ(ヴォーカル)、スティーヴ・シアーズ(ギター)、クリス・アレン(ベース)という知り合い3人で結成されたタイガー・リリィは、いくつかの伝手を頼ってドラマーを探したが、これと思える人物はなかなか見つからなかった。業を煮やした彼らは、ついにドラマーを公募することにして、音楽紙“メロディー・メーカー”にドラマー募集の小さな広告を出す。
その広告を見て応募してきたきた中のひとりに、カナダからイギリスにやってきたばかりのウォーレン・カンがいた。
5月、デニス・レイはカンの採用を決め、バンドはさっそくリハーサルにかかる。主なリハーサル場所は、キングズ・クロスにあるレイの友人が経営する装飾業者の倉庫だった。裸のマネキンが並ぶその一角で、彼らは数週間リハーサルを重ね、同時に曲を作っていった(彼らの唯一のシングル「AIN'T MISBEHAVIN'」のジャケットに使用されたアーティスト写真にもここのマネキンが一緒に写っている)。
季節が夏に移る頃、タイガー・リリィはまずランカスターの小さなクラブでウォーミング・アップ的なギグを重ね、その後8月にはついにロンドンでのライヴが決まる。
レイが知己に頼ってセッティングしたロンドンでのライヴは、まだ結成したばかりのバンドには荷が重くなるような舞台でのものだった。なにしろ、名門のライヴ・ハウス“マーキー”がタイガー・リリィのロンドン・デビューの場所となったのである。
8月24日、ヘヴィ・メタル・キッズというバンドの前座として出演した彼らは、そこそこの好反応を得たようだ。間を置かず、今度はクリス・スペディングのバンド“シャークス”の前座として再度マーキーに出演することが決まった。
これらのライヴが終わると、タイガー・リリィにはひとつの課題があることがはっきりとしてきた。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムというシンプルな4ピースの構成に、彼らは多少の物足りなさを感じ出したのだ。そんなとき、知人から紹介されたのがビリー・カーリーというミュージシャンだった。カーリーはそのときヴァイオリン奏者としてバンドに紹介されている。
バンドにヴァイオリン奏者がいるという構成はおもしろいかもしれない。そう考えた彼らは即座にカーリーの加入を決める。74年秋のことだった。
また、この頃、カンの友人でバンドのマネージャーであるジョン・マーシャルが耳寄りな話を持ってきていた。ボウイなども使用した有名なスタジオ、オリンピックでレコーディングを、しかも無料でできるというのだ。おまけに、そこでレコーディングした曲はデッカ系列のインディー・レーベル“ガル”からシングルとしてリリースされるという。
バンドにとってこれほどありがたい話はなかった。が、うまい話にはもちろん裏がある。
バンドのオリジナル曲“も”レコーディングしてよいが、それはシングルのB面用で、A面用の曲はもう決まっているという。実は、この頃に製作中だったあるポルノ映画のテーマ曲にファッツ・ウォリアーのヒット曲「AIN'T MISBEHAVIN'」が使用されることになった。映画の制作者は、安く使えるアマチュア・バンドにこの曲をカヴァーさせて映画のサウンド・トラックにするつもりだったのだ。
安く使えるアマチュア・バンド、タイガー・リリィは迷った末にこの申し出を受けることにする。デビュー・シングルがポルノのサントラとはぞっとしない話だが、それでもレコード・デビューにはちがいない。ここでレコーディングの実際を経験しておけば今後の役に立つだろうぐらいの気持ちだった。タイガー・リリィは、75年に入って早々にオリンピック・スタジオに入り、「AIN'T MISBEHAVIN'」を義務的にレコーディング。そして彼らの心中ではこちらが本命となるオリジナルB面曲には「MONKEY JIVE」を選んだ。
ところで、このレコーディングではひとつの驚くべき出来事が持ち上がる。セッションの途中、ヴァイオリン奏者のはずのビリー・カーリーがスタジオにあったピアノを何食わぬ顔で弾いている姿を他の4人が目撃したのだ。
「ピアノが弾けるならなんで早くそれを言わないんだ!」
こうして、タイガー・リリィには実はキーボード奏者がいることも判明したのだった。
シングル「AIN'T MISBEHAVIN'」は1975年3月1日にひっそりとリリースされた。メロディー・メイカーなど音楽紙に好意的な評こそ載ったものの、ポルノのサントラとあって、世間から注目を浴びることはほとんどなかった。また、「AIN'T MISBEHAVIN'」が使用されたはずのその映画を、バンドの誰も観る気がしなかった。
タイガー・リリィは、レコーディングの経験と、わずかばかりのガルからの報酬でカーリーのためのエレピと、シアーズの新しいギター・アンプを購入した。
後年、タイガー・リリィはウルトラヴォックスの前身バンドということで興味を持たれ、「AIN'T MISBEHAVIN'」も2度に渡ってリイシューされる。最初は77年にガル・レコードから。一般的にはこのリイシューから「MONKEY JIVE」がA面になったとされるが、確かにジャケ裏の表記ではそのようになっているものの、実際の収録面はオリジナルのまま。80年にデッド・グッド・レコードから再々発されたときに、ようやくバンドの念願通りに「MONKEY JIVE」がA面となった。