81年の後半は、ストレンジ、そしてヴィサージにとってある種、激動の日々だった。
 まず、ストレンジとイーガンはこれまでのビリーズに代わる新しいクラブのオープンのために忙殺された。カムデン・ハイ・ストリートに位置する、これまでにない大型のそのクラブの名はパレス。通称カムデン・パレスと呼ばれたそのクラブは、オープン当初はニュー・ロマンティックをフィーチュアしたパーティーが売りで、その後の80年代後半にはユーロ・ビートのメッカとなっていく。
 また、この時期、ストレンジは日本でTDKのヴィデオ・カセットのCMに出演している。大きくわけて2種類のタイプのCMが制作され、BGMにはそれぞれ「NIGHT TRAIN」と「WHISPERS」が使用され、タイアップのシングル・カットも行われている。また、このCMのうち、「WHISPERS」を使用したタイプのCMは、ミュンヘンにあるニュンヘンベルク城の庭園で撮影され、その美しい映像が話題を呼んだ。

NIGHT TRAIN -JAPAN 7"-

NIGHT TRAIN(REMIX)
I'M STILL SEARCHING

WHISPERS -JAPAN 7"-

WHISPERS(EDIT VER.)
THE HORSEMAN

 このように順調にキャリアを重ねていったヴィサージだが、その裏ではストレンジとユーロの反目が次第に表面化してきていた。
 それまでヴィサージの音楽面はなんといってもユーロが支えてきた。フロント・マンのストレンジにとって、そのことが物足りなくなっていたようで、この頃にはストレンジとユーロに間に感情的な反発が見られるようになっていた。さらに、ユーロはウルトラヴォックスだけでなく、プロデュサーとしての活動もこの頃から本格化させており、彼の活動の中でのヴィサージの比重は低下していた。
 ユーロはついにヴィサージを脱退する。その直接的なきっかけとなったのは、しばらく所在不明になっていたストレンジ、ユーロ、イーガンによる78年のレコーディングのテープが掘り出されたことだった。ストレンジはこのテープの中から「IN THE YEAR 2525」を彼名義のソロ・シングルとして発売しようとしたのだ。ユーロの知らない間にストレンジはあるインディー・レーベルと話をつけ、レコードのプレスまで行われてしまっていた。
 ユーロはこれに激怒し、訴訟も辞さない構えを取る。このことでストレンジとユーロの間の溝は決定的に広がり、81年夏にはユーロの脱退が周知のものとなった。
 残ったメンバーは、ユーロの脱退がそのままヴィサージの解散にとりざたされることを嫌い、すぐにレコーディングに入る。まずはシングル、そしてアルバムのレコーディングという目算を立てたが、シングル曲「PLEASURE BOYS」をレコーディングし終えた段階で頓挫することになってしまった。ビリー・カーリーもユーロに引きずられるような形でヴィサージ脱退を決意したのだった。
 カーリーの脱退はユーロの場合よりもさらに急だったようだ。このレコーディングでは、まずシングル曲として「PLEASURE BOYS」と、B面曲用の「ONLY THE GOOD DIE YOUNG」を録音する予定だったが、「PLEASURE BOYS」のレコーディングが終わった段階でカーリーはヴィサージを抜けてしまう。そのため作曲こそ終わっていたものの、「ONLY THE GOOD DIE YOUNG」はこのとき録音されないままで、後にアルバム『BEAT BOY』のセッションで改めて録音されるまで一旦はお蔵入りとなってしまった。

PLEASURE BOYS -UK 7"-

PLEASURE BOYS
THE ANVIL(REMIX)

PLEASURE BOYS -UK PICTURE 7"-

PLEASURE BOYS
THE ANVIL(REMIX)

PLEASURE BOYS -UK 12"-

PLEASURE BOYS(DANCE MIX)
THE ANVIL(DANCE MIX)

US DANCE CLSSICS LP(1986)

PLEASURE BOYS(BONUS BEATS)

 81年11月、ヴィサージのニュー・シングル「PLEASURE BOYS」が発売される。この時点でユーロはもちろん、カーリーもヴィサージを離れていたが、皮肉なことに「PLEASURE BOYS」はまちがいなくヴィサージの最高傑作となった。曲調は基本的に『ANVIL』A面のエレクトロ・ファンク路線を継承しているが、リズムはさらに快楽的なものとなり、メロディーもキャッチーだ。特筆すべきは、その快楽的なリズムのほとんどを発売されたばかりの新しい機材、ドラム・マシンのTR-808、ベース・マシンのTB-303にまかせてしまったことだろう。808と303の組み合わせ、そう、「PLEASURE BOYS」は後のアシッド・ハウスの早すぎる先行種だったのである。このことは、12インチ・シングル収録のダンス・ミックスで特に顕著で、7インチ・ヴァージョンにはない3分に渡る808、303のソロ・パートの追加でその部分だけ取り出せばまさにシカゴ・ハウス。実際、86年にはこのパートのみをサンプルしてブレイク・ビーツ化したヴァージョン「PLEASURE BOYS BONUS BEAT」がリリースされ、ハウスやテクノのさまざまなアーティストに再利用されている。
 あくまでもニュー・ロマンティックという一時期のムーヴメントを代表するにすぎなかった「FADE TO GREY」とはちがい、「PLEASURE BOYS」(の特にダンス・ミックス)は時を経ても古びることのないダンス・クラシックとして輝かしい存在となった。
 シングルのB面には、完成しなかった「ONLY THE GOOD DIE YOUNG」ではなく、先のアルバムのタイトル曲「THE ANVIL」のリミックス・ヴァージョン(7インチ)、ダンス・ミックス(12インチ)が収録されており、こちらもオリジナル・ヴァージョンをさらにグルーヴィーにしたヴァージョンとなっている。
「PLEASURE BOYS」は、もちろんヴィデオ・クリップも製作された。マーロン・ブランド主演の映画『Wild Ones』にインスパイアされたモノクロのクリップで、ストレンジはそれまでの耽美的なイメージを捨て、ハーレーを乗り回すロッカーズに変身している。
 ところで、このシングルのプロモーションのためにヴィサージは音楽番組『Razzmatazz』、『The Tube』に出演し、「PLEASURE BOYS」と「The Anvil」を演奏したという記録が残っているが、このときの演奏というのが、本当のライヴ演奏なのか、あるいはテープにあわせただけの口パク+当てぶりなのかが不明。ビリー・カーリーもこのときだけは一時的に復帰しているようだ。

 83年はヴィサージにとって停滞の年だった。ユーロ、カーリーが抜けて次なる音楽的方向性も定まらず、ストレンジはヴィサージを一時休止する。
 ヴィサージの代わりに彼が力を注いだのは映像だった。この年、2本の映像作品が計画されている。1本は、“スティーヴ・ストレンジのすべて”的なドキュメンタリー・フィルムで、彼のインタビューのほか、80年にル・パラスで行われたストレンジ主催のファッション・ショウの模様、ヴィサージのヴィデオ・クリップなどをまとめたもの。
 そしてもう1本はアルバム『ANVIL』をモチーフにした映画だ。ストレンジは俳優として、この映画の中でファッション・フォトグラファーを演じる予定で、モロッコやタイで撮影が行われる計画だった。
 しかし、結果的にこれらの映像作品はすべて取りやめとなった。前者のみ後にヴィサージのヴィデオ・クリップ集として形を変えて陽の目を見ることになるが、映画のほうは計画だけで終わってしまった。そのあたりの事情は判然としないのだが、どうやらストレンジが所属する事務所の経営がおもわしくなかったらしい。事実、同じ事務所に所属していた他のアーティスト(ザイン・グリフ、ロニーなど)もこの時期に揃って音楽業界から姿を消してしまっている。
 結局、この年のヴィサージの主な動きはベスト・アルバム『Fade To Grey - The Singles Collection』をリリースしたことだけだった。が、このベスト・アルバムは単なるシングル曲の寄せ集めに終わらず、ファンにとってうれしいアルバムになっている。
 まず、このアルバムは2種類発売された。ひとつは通常盤。これまでヴィサージがリリースしてきたシングルA面曲が中心となった選曲で、「VISAGE」「THE ANVIL」「NIGHT TRAIN」などが、7インチ・シングルのヴァージョンで収録、「FADE TO GREY」は12インチに収録されていたダンス・ミックス、シングルB面曲だった「WE MOVE」はこのアルバムのための新しいリミックス・ヴァージョン、それに加えユーロとの係争でストレンジのソロ・シングルとしての発売が叶わなかった「IN THE YEAR 2525」が追加収録されている。
 これだけでも価値があるが、さらにすごいのは「SPECIAL LIMITED EDITION DANCE MIX ALBUM」と銘打たれた限定盤のほうだ。こちらはボーナス・トラックとして収録された「THE ANVIL」の未発表ドイツ語版「DER AMBOSS」以外の選曲、曲順は通常盤と同じだが、「WE MOVE」と「TAR」以外の曲は12インチ用のダンス・ミックスを音源として使用し、それらを新たにエディットしてアルバム全体をほぼメドレー状態につないであるのだ。エディットされたことにより、ほとんどの曲がこのアルバムでしか聴けないヴァージョンとなっていることに注目したい。
 通常盤のほか、そのダンス・ミックス・アルバムを出すというのはそれまで常にクラブ・ミュージックであることに拘ってヴィサージらしいアイデアで、83年のこの時点でそれを実現させたことには先見の明を感じる。
 惜しむらくは、通常盤のほうが80年代末にドイツでCD化されたにもかかわらず、限定盤のほうはいまにいたるも未CD化のままであること。

FADE TO GREY
-THE SINGLES COLLECTION

FADE TO GREY(DANCE MIX)
MIND OF A TOY
VISAGE
WE MOVE(REMIX)
TAR
IN THE YEAR 2525
THE ANVIL
NIGHT TRAIN
PLEASURE BOYS
THE DAMNED DON'T CRY

FADE TO GREY
-THE SINGLES COLLECTION
SPECIAL LIMITED EDITION
DANCE MIX ALBUM

FADE TO GREY(DANCE MIX)
MIND OF A TOY
VISAGE
WE MOVE(REMIX)
TAR
DER AMBOSS
IN THE YEAR 2525
THE ANVIL
NIGHT TRAIN
PLEASURE BOYS
THE DAMNED DON'T CRY

FADE TO GREY
-THE SINGLES COLLECTION
SPECIAL LIMITED EDITION
DANCE MIX ALBUM UK PROMO

FADE TO GREY(DANCE MIX)
MIND OF A TOY
VISAGE
WE MOVE(REMIX)
TAR
DER AMBOSS
IN THE YEAR 2525
THE ANVIL
NIGHT TRAIN
PLEASURE BOYS
THE DAMNED DON'T CRY